南阿蘇の冬期湛水中の田んぼ(撮影:2010年01月13日)
◇「冬期湛水(とうきたんすい)」と「冬水田んぼ(ふゆみずたんぼ)」は異なる
江戸時代の農業技術書(会津農書)では「田冬水」、今は「冬水田んぼ」と呼ばれる、冬期の田んぼに水を貯める田んぼ管理と似ているが、「冬期湛水」は田んぼの生きものの命を来春につなげる目的で行われるのに対して、冬水田んぼは田んぼの地力を高める(栄養分を貯める)目的で行われるという、大きな違いがある。
冬期湛水は、結果として、田んぼの地力を高める養分を貯めることになるが、例えば、田んぼに引き込まれる水に栄養価がない場合、冬期に水を湛える田んぼ管理を止めてしまうのが冬水田んぼであり、それでも田んぼに水を湛える田んぼ管理を続けるのが冬期湛水ということになる。
ほとんどの河川に大きなダムが建設され、森で作られた栄養分も堰き止められているため、河川を流れる水に含まれる養分が少なくなったと言われており、その水を引き込むことになる冬水田んぼは、本来の目的が達成できないことになる。
ただ、最近は、水鳥の生息地や餌場としての冬水田んぼの実施地域が全国的に広がっており、著名なところでは宮城県大崎市の蕪栗沼のマガン、新潟県佐渡市のトキ、兵庫県豊岡市のコウノトリ、鹿児島県出水市のナベヅルなどの繁殖地や越冬地がある。
キリワラを覆い始めるイトミミズの排泄物、翌年の2月頃にはキリワラが覆い隠される(撮影:2010年11月30日)
◇冬期湛水のもう一つの重要な目的
冬期湛水で命がつながる田んぼの生きものにイトミミズがいる(イトミミズは慣行栽培の田んぼにも数十万匹[反あたり]程度は生息していると言われており、稲刈り後は畑と化してしまう慣行稲作の田んぼでは、作土層の下部に集団でひっそりと来春の田植え時期を待っているらしい)。
イトミミズは目が退化しており、昼夜を問わず生息活動(田面の数センチ下部の土と一緒に有機物や微生物を飲み込み、水中に排泄する行動)が行われている。
また、イトミミズの繁殖期は水温が16℃の頃となる春先と晩秋であり、彼等が旺盛に生息活動する水温帯は10℃~20℃で、5℃でも相応の活動が行われている。イトミミズは、水温が5℃を下回る厳冬期以外は生息活動を展開していることになる(盛夏期、水温が20℃を超えて高くなると生息活動は小康状態になるようである)。
田植え後から稲の刈り取りまでの間には、水草の種が落ちたり、風などに運ばれたりして、田面には相応の水草の種が点在している。
それらの水草の種をイトミミズの排泄物が堆積してできるトロトロ層が覆い、水草の種には太陽の光が届かなくなるばかりでなく、還元状態になるため、発芽が抑制され、水草の種は長い眠りに着くことになる。
稲刈り後、速やかに湛水状態にする理由が、水草の生長の抑制に寄与するイトミミズの生息活動の効果を得るためであり、少しでも暖かい期間を長くして、イトミミズに活躍して貰うのである。
また、冬期湛水を急ぐもう一つの理由に、稲刈りのために干し上げられた田んぼの中でも、水分を含んだ稻株の根元などで細々と命をつないでいる田んぼの生きものを、水がたっぷりと湛えられた環境に解放する目的もある。